東京国立博物館で開催中の「土偶展」は、国宝3点を含む70点近い土偶のオンパレードだ。
1万年以上の昔、縄文人が土をコネって作った人がたの「土偶」とは、幼児が手遊びでつくる粘土細工のようなもの、では決してない。
デフォルメされたシルエット表現と、表面に施された高度に連続性のある意匠、そして安定感まで考えつくされた構造などから、明らかに大人の手によるものであることがわかる。
今もってわからないことだらけとはいえ、CTスキャンを使って土偶の構造をしらべていく中で、新たな発見もいくつか出てきているようだ。
特に注目を浴びているのは、土偶の内部構造。
これまで日本全国で発掘された14000体に近い土偶のほとんどは、手足や頭部の一部が破損していて完全体のものが極めて少なく、その破損片も周辺から発見されないーというのが永い間ナゾだったらしい。
CTスキャン分析の結果、土偶の胴体部は作られる過程で内側から補強された痕跡があるのに対し、手や足、頭部にはその補強の痕跡がほとんど見られない、ということ分かってきたそうだ。
このことから「土偶は、最初から体の部位を壊すために作られたのではないか?ケガや病気の治癒を願った人々が、土偶を身代わりにしてその部分を叩き壊すーという祭礼があったのでは?」という見方が出てきているそうだ。
ただ、文字の記憶を持たない時代の遺跡調査は、やはりどこまでいっても想像の世界でしかない。
今後もあたらしい発見によって、われわれの想像の手がかりが広がることは、愉快なことだ。
土偶=宇宙人の姿という説も、なかなか捨てきれない。
photo by @kinukko
毎日毎日このバイクで通い続けた富ヶ谷オフィスとも今日でお別れ。。。
渋い町、代々木八幡商店街の人たちや近所の人とも仲良くしてもらったし、
色んな思い出があるからこの町を離れるのはさみし〜。
今日は最後に一番仲良くしてもらった 今はなき、会社から一番近くて
一番近寄りがたいお店、小料理屋「栄都」のママとパパの家に
ポインセチアを持って挨拶に行きました。
もう70歳過ぎて体調も良くないみたいだけど、ずっと元気でいてほしいな!
いつまでも変わらず、垢抜けないけど(失礼!)、マイペースで何気に
人情の厚い町でい続けて欲しいものです!!!
さようなら富ヶ谷〜(_TДT)ノ~~
10月生まれのメキ父と、11月生まれのあたくしの、
遅ればせながら誕生会を恒例の本郷『㐂鮨』で開催しましたっ。
二人で日本酒をくぴくぴ飲みながら、美味しい物をいっぱい食べて、
幸せでしたよぉ〜ヽ(=´▽`=)ノ
誕生会、最高っ♪年を重ねる甲斐もあるってもんですね。
写真はカワハギ刺し。
肝と〜山葵醤油と〜芽ネギをつけると、最高に美味いっ!!!
メキ父があたしに背中を向けてお仕事の話をしてる隙に、
半分食べて、いじわるしてお皿を隠していたら・・・
振り返った途端、目ん玉飛び出させながら
「(僕のカワハギが・・・)ないっっ!!!!!」
って65歳なのに大声出して、㐂鮨のご主人にも隣席のご婦人にも、
超爆笑されちゃいましたよぉ。普段はクール風キャラなのに。。。
あたしの酒飲み&食いしん坊なところは、
やっぱりメキ父譲りなんだ・・・
と実感してしまった瞬間でしたね。┐( ̄ヘ ̄)┌ ヤレヤレ・・・
「まったくターナーですね。どうです教頭、我々はこれからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんか」と、赤シャツの感嘆に、媚びる野だいこが合いの手を入れる。
「ターナーとは何のことだか知らないが、”我々"の中に俺も入っているなら余計な迷惑だ」と鼻白む坊ちゃん。
夏目漱石の「坊ちゃん」の中の、有名なこの釣り船の上でのシーンがもとで、瀬戸内海にうかぶ青島が、今も地元では「ターナー島」と呼ばれていることを、2年前に松山を旅行した折、はじめて知った。
ただ、そのターナーの画というのは、今日までついぞ目にしたことがなかった。
府中市立美術館で開催中の「ターナーから印象派へ」展で初めて見たターナーの画は、どんより曇った灰色の空と、日本海のような荒々しい波とが描かれた、イギリスの海岸線の風景画5点だった。
あいにく赤シャツのセリフにあるような松の木が描かれたものはなかったが、雲の切れ間から差し込む光が、風景の輪郭を浮かび上がらせた見事な水彩画だった。
確かにこれは、一度目にすると忘れられない類のものだ。
おそらく明治時代の初期に何処でターナーの画を目にしたのだろう 夏目漱石が受けた印象はきっとそれ以上だったに違いない。
松だけでなく、目の前の風景全体を切り取って「ターナー島」と名づけた野だいこのセリフは、夏目漱石自身のターナー像だったのだ。
栗城史多くんの横浜ルミネでの講演が始まるまでの間、時間があったので、馬車道駅前にある神奈川県立歴史博物館まで足を延ばした。ここで開催中の特別展「日蓮聖人 中世人の信仰世界」に会期終了直前でぎりぎり滑り込み。
日蓮といえば、その昔 NHK大河ドラマ「時宗」で奥田瑛二が見せた、脂ぎった鬼気迫る演技が思い出される。行く先々で人々から石を投げつけられ、額から血を流しながらも、大声で説法をつづけるという怪僧日蓮を演じたのだった。
日蓮に対して世間一般が持つ、攻撃的で激しい印象も、ここ地元鎌倉では、ひとびとの信仰の篤さとなって今も受け継がれているようで、展示品を解説してくれる学芸員のおじさんの語り口からも、その熱が伝わってくる。
命がけで幕府に上申したという「立正安国論」や、潰れた筆先が尾を引くようにのびる”ひげ題目”と呼ばれる文字で書かれた巨大な曼荼羅図、そして数多く残る肉感的な日蓮像などの展示品から、マグマのような生命力をもった日蓮の姿が浮かび上がってくる。このマグマが、現代にあっても創価学会や立正佼成会、霊友会などの日蓮系教団へと受け継がれている、ということなのだろうか。
講演のあと、楽屋を訪ねることが許されていたのは、どうやら、栗城くんと以前に縁のあった知人や仕事関係の人だけだったらしい。
「栗城くんと同じ北海道出身の者ですよ」という挨拶だけで、警備を振り払って、部屋の中まで入って行ったのは私だけのようだった。
狭い楽屋の中で栗城くんと挨拶を交わしている人たちの様子で、そのことに気がついた。
でも、いまさら後には引けない状況。
思い切って栗城くんに近づき「私、北海道 根室の出身で、今は東京で働いています。週末は山登りばかりしています。」と怪しげな自己紹介をすると、栗城くんはいやな顔ひとつせず、「そーですか、根室ですかぁ!」と元気に笑顔で答えてくれました。
良かニセたい!(薩摩風)
この後、ずうずうしくもサインをもらって、一緒に写真をとって、握手までしました。
これぞ「一歩踏み出す勇気(=栗城くんの著書のタイトルに同じ)」です。
ナマ栗城史多くんとの感激のご対面。良き日なり、良き日なり。
リバーサルに古くからいる女子会員、有海 こと コジコジが・・・
家業を継ぐために山形へ帰ることとなりましたっ。
思えば、一緒にニコニコ出場の為に小田原のRootsまで遠征したり・・・
昨年のニコニコではまったく頼りにならなかったと思うけどセコンドを務めさせて頂いたり・・・
そういえばその前のニコニコでは亜脱臼をさせてしまったこともありました・・・Σ(゚д゚lll)
なんだかんだ思い出が色々あるので、さみしい次第・・・( ´Д⊂ヽ
というわけで、リバーサル女子会員4名にて送別会を開催いたしましたっ!!
あんなことやこんなこと、笑撃の事実を肴に、
代々木八幡HIBARIで女子トークは延々と続き・・・
終電は、あっさりとなくなってしまいましたぁ (^_^;
どうせ終電がなくなったのでぇ~、コジと親交の深かった(ってほどではないけど)、
近所に住む、あのDDT野郎 コマッチョのお宅を訪問してやりましたよ!!
突然の訪問にもひるまないコマッチョ。。。
おもてなしのつもりか、頼んでいないのにDJプレイを披露してくれましたっ。
珍しい動物でも見つけたかのように、ケータイカメラで写しまくる20代の女子たち。。。(゚∀゚ )
それにしてもきったない部屋。
なのに、なに!この得意げな表情!!!
夜中なのにノリノリです。。。
また女子チームでゴハン行きましょ~。
お誕生祝いに(すでに1週間経過してますが)、赤坂の天香回味で薬膳鍋をごちそうして頂きましたっ♪
上海シャオツーでも薬膳鍋はよく食べるけど、ここのはお上品で美味いっ(゚∀゚ )
辛いだし&平和なだしに・・・
大量のキノコ達をドーン!!
ぐつぐつぐつ。。。
Tシャツ1枚でメッチャ汗をかきながら、締めのクロレラ麺まで、きっちり頂いちゃいました~♪
超ステキな花束、あーんど、しゃんぺーんも頂き、幸せでしたよぉ~ヽ(^▽^)ノ
そして今朝のこと。。。
メキ父には、「よかったね~。きれいな花だね~。」と言われ、
メキ母には・・・「この不況時に!あなたは贅沢よ!!」と、なぜか罵られてしました~\(゜ロ\)(/ロ゜)/
うーん、まいっか。